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デジタル情報の権化たるDNAから一歩身を引き、もっとアナログ的に考えてみてはどうだろう。
なにしろデジタルというのは、感情のない、とても冷たい考え方のような気がするのである。
そのための見方として、私は本稿でRNAを基点とする見方を提案した。
RNAとてリボヌクレオチドの重合体であり、これもA、U、G、Cという四種類のデジタル信号によって成り立っているから、DNAを基点とする見方と変わらないじゃあないかという批判もあるのは承知している。
重要なのは、DNAとは違い、RNAはその取り扱いが非常に難しいということだ。
脱DNA宣言近年では、生命科学技術の発展により、ある程度RNAの取り扱い技術も進歩し、初心者でもある程度はRNAを実験対象にすることができるようになってきた。
が、やはりRNAはDNAに比べ、比較にならないほど分解されやすいのであり、何よりもDNAと違ってRNAはそれぞれ独立した分子として存在しているため、ゲノム解析のような網羅的な研究がやりにくいのである(最近は、RNAを網羅的に研究する「トランスクリプトーム」解析などがはやっているが)。
私か[脱DNA]を謳う中には、DNA中心の思考を止めて、研究がやりにくく、またDNAのように人間の手の中に納めにくい、校揖な「RNA」中心で行こうではないかという新たなプランの提案といった意味合いも含まれている。
これは、別の言葉で言うならば「分かりやすさ」への反抗であり、真実への階段の構築でもある。
DNA中心の思考は、技術的にも極めて分かりやすい。
分かりやすいが、その結果、真実への追求がそこで止まってしまう可能性も含まれているからであり、そしてさらに、思考そのものがそれで完全に止まってしまうように思われるのだ。
子どもたちの素朴な疑問に対し、今こそ大人たちは徹底して答える努力をすべきだ。
この初心に立ち返った質問を、今一度自分白身に投げかけてみるのである。
固定観念、あるいはこれまで常識だと考えられてきた事柄を、改めてもう一度考え直してみてはどうだろうか。
もちろん、DNAや遺伝子にこだわることはない。
私は本稿で「脱DNA宣言」を謳い、DNAという固定観念、DNAは絶対的なものだという教義を、「じつはRNAが遺伝子で、DNAはバックアップコピーに過ぎなかったんだ」という非常識な考えを導入することで、やや柔らかいものに解きほぐしてきたつもりである。
同様に、ほかのことに対しても同じような試みをしてみてもいいのではないか。
なんとなくギスギスし、過敏症的でみんながイライラする世の中だ。
一度思い込んでしまうともはや後戻りできない、もはや他人を許すことができないという、何とも不寛容な世の中になってしまったと感じる。
しかしながら、なにか事があると人間は変わるものである。
ほとんどの人間にとって常識とは、言ってみればその人にとって「許容範囲にある事柄」のことであると言えるが、それは今では、ほぼ完全にその人自身の立場、考え方に依存している。
他人に腹を立てるというのは、その他人にとっての常識が、自分にとっての非常識、つまり「非許容範囲」の中に入るからに他ならない。
一つ、自分にとって「非許容範囲」に含まれる立場で、物事を考えてみてはどうだろうか。
なぜそれが自分にとって非許容範囲になってしまったかをいろいろ考えてみると、やがてその中で合点のいく答えがみつかるかもしれないし、腹も立たなくなるかもしれない。
読者の皆さんにもぜひ、これを試していただきたいと考えている。
昨今、腹が立つような事件や不気味な事件が多いけれども、中には、こんなことで腹を立てなくったっていいじゃんといったようなこともある。
タレントなどがしたり顔でコメントするテレビのバラエティー化しかニュースに踊らされることなく、じっくりその事件が起こった背景を、当事者の立場で考えてみてはどうだろう。
他人の言動がいつも「非許容範囲」にあるならば、事件の当事者の立場あるいは考え方というのは、視聴者にとってみればまさに「非許容範囲」にあるに違いない。
みんながそうしたものに触れることで、あるいは触れようと努力するだけでも、身を律し、相手の心を思いやる態度を育むことができ、そして自ら社会が改善されていくのではないかと、私は廊に思うのだ。
状況が変わることも、考え方が変わることもその点ではほぼ同じである。
これまでの常識を常識でなくすという思考の転回は、単に視点あるいは物事をみる中心というものを別の場所に移すという、ただそれだけのことで実行に移せるのである。
こうしたことを、いろいろな場面場面で試すことで、今後の人間の生き方に何らかのいい影響を与えることができるであろうと、私はここに断言したい。
そのための脱DNA宣言なのである。
何かあるとすぐ何かを絶対視するといった行動、あるいは思考をやめることは、とりもなおさず、思考を柔軟にすることにつながる。
そのためには、事実を見据えてよくよく考えてみることだ。
そのとき、いろいろな立場でいろいろなことを考え、想像してみる。
DNAを中心とするのではなく、RNAを中心として考え、想像してみる。
何度も言うようだが、こうした試みは、長い目で見れば相手の気持ちになって考えてみる、あるいは考える習慣が身につくことへとつながっていくだろうし、相手を許すことのできる寛大さが社会に根付くことで、社会全体はだんだん理想的で、人間同士の信頼関係が大人から子どもまでしっかりと根付いた、より成熟した形に近づいていくのではないだろうか。
一度枯れた森はなかなか元に戻らないが、隠れた土の中では小さな生き物たちは着実に、元に戻る道筋を探り始めてくれている。
火災で消えた森林も、やがては元の、影蒼とした生き物たちの楽園に戻っていく。
現代の人間社会は、あちらこちらで火災が起こっている、枯れかけた森である。
これがどういう未来を迎えるかは、「土の中の小さな生き物」である私たち。
一人ひとりの人間の行動にかかっていると、言えるのではないだろうか。
その全体(まるまる一本のクロマチン)のことを染色体と呼んでいる。
したがってここでDNAの「存在状態」というのは、端的にいえば、遺伝子発現が活発になるクロマチンの状態と、遺伝子発現が抑えられるクロマチンの状態ということである。
じつはこのクロマチン、ぎゅっと縮まってしまうと、その部分での遺伝子発現は抑えられてしまうのだ。
電話の本体と受話器をつなぐ、あのらせん状のコードを思い浮かべていただきたい。
通常はぎゅっと縮まっているご電話中に、ニメートルほど離れたところにあるコーヒーカップを取ろうとして体を動かすと、あの縮まったコードはある程度伸びてくれる。
クロマチンがああいうふうに伸びたとき、遺伝子の発現は活発になる。
この、クロマチンが伸びるか縮むかは、「DNAのメチル化」、「ヒストンのアセチル化」といった化学修飾によってコントロールされている。
ある種のRNAはDNAのメチル化を直接引き起こすことが知られており、これを[RNA-d一rectedDNAmethylat一on(RdDM)]という。
科学に関する専門書ではなく、科学に関する通常の啓蒙書でもない。
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DNA中心の思考は、技術的にも極めて分かりやすい。
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